ブリッジを去るその後ろ姿が今にも消えそうな程に儚げで。
ラクスは思わず、キラを追ってしまった。
親友の元から帰ってきた、彼の姿に違和感を感じた。
いつもを装っていても、何処か不自然で。
まるで、今にも壊れてしまいそうなガラス細工のよう。



「キラ」


大切な人の名を呼ぶ。

部屋の入り口で立ち止まった彼の背中が一瞬揺れた。
少しの沈黙の後に、振り返った彼の表情は痛々しかった。
瞳に滴を溜めて、唇は白くなる程に噛み締める事でかろうじて笑う。

「どうかしたのですか…」
理由を聞いてもいいのかと、一瞬戸惑ったけれど。
覗き込んだ貴方が心配で理由を尋ねた。
「ラクス…」
そう、名前を呼ばれて気づいたら彼の腕の中に引き込まれていた。
「ごめん…少しだけこのままでいさせて」
聞こえてきたのは、弱々しい声。
そして、だんだんと強まっていく貴方の腕の力。
力が強まる程に、抱きしめているキラの体は震える。


だから、大丈夫だと言うように。
小さい子を抱きしめるように、自分も彼の背中に腕を伸ばした。
そうして、2人はただ抱き合っていた。
言葉を交わすでも無く、何をするでも無くただ。
互いの体温を感じていた。


「とりあえず、部屋へ入らない?」
腕を解いた彼の誘いで、ラクスはキラの部屋にいた。
いつもと同じように、キラのベットの淵にちょこんと座って。
キッチンでコーヒーを入れるキラの背中。
いつもと変わらない部屋の中で彼だけが浮いて見える。


「砂糖は3つでよかったよね?」
差し出されたコーヒーを受け取って、一口含んで横に座る彼を見る。
瞳に映るのは、何処までも深い悲しみの色。
直視出来なくて、窓の外を見れば闇が海を支配している。
時より輝く光は、遥か彼方の宇宙を照らす星のようで。
思い出すのは、2年前。
横に座る大切な人の表情の色は、2度目に逢った時とよく似ていた。
大切な人を殺めかけて、躯も精神も傷ついた時の。


「アスランがね…」
意識を奪われていたラクスを呼び戻すかのようにキラが口を開いた。
「お前の手は殺した人の血で汚れているんだ。
自分ばかり分かったように綺麗ごと言うなって」
一瞬でラクスの表情が強ばり、持っていたカップを落っことしそうになる。
「そんな…事を、アスランが。」
そして出てきた言葉は、それだけだった。
彼を見れば、痛さを辛さを堪えて瞳には滴が溜っている。
見ていられなくて、手に持ったカップを捨てて

「ラクス…コーヒーが」
キラを抱きしめていた。
床に広がる、コーヒーの染み。
でもそんな事なんてどうでもよくて、今は貴方の方が…
「いいのです…私にはキラの方が大切なのです」
「覚悟、はしていたんだ。誰かにそう言われるんだろうって…でも」
喋り出した声は、辛そうにそこで切られて
「やっぱり、辛いよ」


消えそうな声で、そう続いた。
それは、きっとアスランがキラにとって大切な人だから。
悲しみの末に、憎みあって。
戦って、失ったと思ってやっと大切な事に気がついて。
分かり合えたんだと思ったのに、突き放されて。
本当ならば、涙が枯れる程に泣いてしまいたいのに。
唇が白くなる程に、噛み締めて我慢しているキラ。

まるで泣く事が罪だというように。
責められる事が、当たり前かのように…ひたすら唇を噛み締めて。

「泣いて…いいのですよ。」
びくりと動いたキラの両肩、さらに唇を噛み締めて。
「だめ、だよ。僕に泣く資格なんて…僕は、責められるだけの事をしてきたんだ」
「泣くのに、悲しむのに資格なんて必要ないですわ…」
もしもそんなモノが有ったとしても、彼は十分苦しんで大切な人を失った筈なのに。
彼だって、悲しみの螺旋の被害者なのに。


彼を今の縛り付けるのは、やはりあの仮面の人の言葉なのか。
純粋で真っすぐ過ぎるから、傷つきやすい心。
だから逃げる事も偽る事も出来なくて、ボロボロになった。
「で、も…」
「キラ、泣いていいのです。だから人は泣けるのですから…」
そう言った途端に、アメジストの宝石に溜めていた滴がポタポタと落ちる。
まるで、降り始めの雨のよう。

「分かって、る。アスランが本気であんな、事を言ってるんじゃな、いって事」
雨は段々と大降りに、染みは大きくなってゆく。
「で、もそれでもっ…辛いんだ」
時より嗚咽が漏れる。
押し殺した声で泣くキラが本当に痛々しくて。
2年前にキラに剣を渡したのは、自分。
剣になれないのならば、せめて盾になろうとしたけれど…
結局、自分は盾にもなれずに守られる姫君のままで。
プラントにいた頃と何ら変わっていない。

あの頃は、痛いと泣いているキラの心の声を聞く事しか出来なくて。
今は背中に立てられた爪の痛さを、ただ耐える事しか出来ない。


なぜ運命は、もう一度彼を表舞台へとあげたのだろうか?
こんなにも傷ついて、まだそれも癒えぬのに。
彼をそっとしておいてくれないのだろう。
ただ、穏やかに暮らしていければ…
他のモノなど何もいらないのに。


「キラ…」 やっと嗚咽の収まった彼にラクスは語りかける。
「貴方の手は血で汚れたのかもしれません」
強ばった躯、背中にまわされた爪が食い込む。
「でもその手に、救われた命もある事を忘れないでください」
もしも彼がいなければ、あの戦争はどちらかが根絶するまで続いただろう。
地球に、生きる人がいること。
プラントに、生きる人があること。
今があるのは、キラがいたから。

「忘れないでください…その手は何かを守る為のモノです」
「ラクス…」
その手は血で汚れてしまったのかもしれないけれど…
再び舞い降りた、慈悲深い天使の手を自分は。
「私は、キラの手は美しいと思いますわ。」
血にまみれても、決して汚れない綺麗なままであるその両の手に。
そして、誰よりも傷つきやすく優しい心に。
口づけを、一つ一つと落としてゆく。
盾にもなれないのならば、せめて傷を癒す包帯に。
「どうして君は、そんなに優しいの…ラクス」
手の甲に落ちた涙。
それは世界で一番美しいもの。 「いえ、一番優しいのはキラですわ」
「えっ?」
信じられないといったようにする彼に、ラクスは優しく微笑みかける。


「だって誰かの事を思って、貴方は泣けるのですから」
「あり、がとう」



また降り始めた雨に、ラクスはキラを強く抱きしめる。
雨が止むまで、2人はそのままで。
また戦いに身を投じる2人のつかの間の安らぎ。



種運命の26話あたりの話。
アスランが言った言葉は、絶対にキラに向ってだけは言っては
いけない言葉だったと思う。
もちろん、そんなの本気じゃないって知っているけど。
やっぱりキラは、辛いんだと思う。
キララクと言っているけど、アスキラっぽいような。
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