明けてゆく、祝福を君と。


微かに聞こえる風の音。
浅い浅い眠りの海に、漂う意識。
少し前までは、安定しない己という存在を恐れ眠るという行為が酷く恐ろしかった。
次に目覚めた時、自分が自分でいられるのか。
不安で不安で。

だけど今は、浅いが眠れるようになった。
神子がくれた勾玉と、大切な人が傍にいるから。

ふわっと、暖かくなった体。
彼を思ったから、暖かくなったのか。
彼は、自分の大切な人はまるで太陽のように温かい人だから。
まどろむ意識の中で、無意識に手を伸ばしたら。


「っ、誰だ!!」
確かに返してきた何かがあって、ぱっと反射的に目を覚まして起き上がる。
目の前にあったのは
「ひ、ヒノエっ!」
彼を象徴する真っ赤な燃えるような髪で。
にっこりと笑みを浮かべながら、自分の横に座っていた。
「なんだ、起きちゃったんだ敦盛。」
「一体お前は何を…」
「え、お前の寝顔を見に来たとか?」
真っ赤になった自分とは違い、余裕たっぷりの表情で
悪戯っぽく笑ったヒノエ。
「なんて、ね。半分は本当だけど半分は嘘。」
「ヒノエ?」
不思議そうに聞き返した敦盛。
ヒノエは、さっと肩に手をかけると頬に掠め取るような口づけをした。

「お誕生日おめでと、敦盛。」
そして、やっぱり悪戯っぽく笑う。
やっと収まった筈の頬の赤みは、逆に更に赤みを増して
今度は、耳まで真っ赤にして俯いてしまう。

触れられた部分から、熱が上がってどうしようもない。
『誕生日』
神子や将臣殿が言っていた、大切な人の生まれた日を祝う日。
自分を祝う為に、こうやってヒノエが朝も明けぬ前に来てくれたのは嬉しい。
私も、彼に一番に会いたかった。
大切な人とできるなら、一緒に一日を過ごしたかった。
でも熱の所為で、上手く言葉が出てこなくて
やっと出てきた言葉は


「ヒノエ、なんて嫌いだ。」
思いとは正反対の言葉。
「そうかい?」
さして気にした様子も無く、ヒノエは言葉を返す。
俯いていた敦盛には見えなかったが、その表情は嬉しそうで。
「嫌、い…」
「俺は、好きだけどね?」
くすっと小さな笑い声と一緒に、肩に流れた髪に口づけ。
それは甘くて甘くて、また触れた部分から熱があがってしまう。
「嘘だ」
ぱっと顔を上げて、彼の顔を見れば笑みを浮かべたまま。
嘘じゃないよ?、と言う。
「誰にだって、そう言っているんだろう?」
全然思ってもいないことを、口にしてしまって。
素直にありがとう、と言いたいのに。
自己嫌悪。

「じゃ、敦盛愛しているよ。」
逃げないように、優しくだが頬に手を添えられて耳元で菓子のように
甘い甘い言葉と、微笑が送られる。
眼を見開いたまま、言葉を紡げずにいると今度は悪戯っぽい笑み。
「これで満足かい、姫君?」
「姫じゃ、ない。」
自分はそもそも男だし、姫のように素直でお淑やかで可愛くなんてない。
天邪鬼で、可愛くなってない。
「今日はお前が主役だろ、姫君。」
それに、と言葉をヒノエは続ける。

俺にとってお前は、素直じゃなくてもお淑やかじゃなくてもお姫様だよ。


「嫌いだ、」
「何が?」
「ヒノエ、のそういう所。」
まるで自分が馬鹿みたいじゃないか。
一人で、悶々と悩んで困っていたのに全部お見通しだなんて。
ぷぅっとそっぽを向いて、拗ねていた彼にヒノエは小さなため息をつく。
「ヒノエ?」
その声に顔を戻した敦盛。
だが次の瞬間、

「愛していてるぜ、敦盛。」
いつになく真剣な表情で、真紅の瞳が自分を見ていた。
まるで射抜かれたように、その色から視線を外せない、吸い込まれそうだ。
「世界で一番、敦盛のことを愛していると熊野の神々に誓う。」
言葉は言霊で、口にした瞬間から本当になる。
言霊は、人々を縛るから。
自分は、その言葉に縛られたいなんて思ってしまって。

「ずるい。」
ぎゅっと、彼の背に腕を伸ばして抱きつく。
私は彼の言葉に、絡め取られしまって
余分な感情は、全て脱がされてしまう。
「俺のこと嫌いか?」
残ったのは、君が好きだという感情だけ。
「嫌い、なわけないじゃないか。」
少しの空白の後に、消えそうな小さな声。
「ヒノエのこと、好きだ。」
「そう、それはよかった。」
ヒノエは嬉しそうに笑って、彼の背を抱き返した。


「ん、じゃ行こうか。」
お互いの体温が、混ざるほどに抱きしめて空が藍に変わる頃。
ゆっくりと腕を解いて、敦盛の手を取った。
「何所へ?」
どうしたものか、と見上げた紫苑の瞳に悪戯っぽく返す。
「さぁ、着けばわかるよ。」
「っ、ヒノエ!!」
「あー、もうともかく来い。」
出ることを渋る彼を、半無理やりに立たせると
ずるずると敦盛を引っ張って、家の門を足早に出てゆく。


「足下大丈夫か?」
ちゃんと歩けるから、と言った敦盛に手を引くことをやめたヒノエ。
だがその手は、未だ繋がれたまま。
程よい互いの体温が、伝わって気持ちがいい。
「あぁ。」
「もう少しだからさ。」
海岸へと続く路の脇道へ入って、茂みを抜けて
ゴツゴツとした岩道を歩き、いくつか岩や不安定な橋を越えて
「此所は?」
薄暗くて、何処なのか敦盛には分からなかったが
香る潮の匂いと聞こえた波の音。
まだ冷たい潮風に、海が近いことだけはわかった。
「あと少しだな、ちょっとごめんな敦盛。」
いきなり後ろから、目隠しをされてそのまま彼の腕の中。

暗闇は、幼い頃から得意ではなかった。
何かが、得体の知れぬものが自分を連れて行きそうで怖かったけど
彼と一緒なら、怖くなかった。
だって彼は、地を照らす太陽のような人だったから。
「わわわ…っ、何するんだ。」
抗議の声を上げれば、小さな笑いと一緒に言葉が返る。
「こうした方が、見た時感動するからさ。」
「感動?」

不思議そうに返した言葉に、もう一度小さな笑い。
「そう、あぁ…上がってきた。」
ぱっと眼を覆っていた手を外されて、少しずつ明けてゆく視界。
「見てごらん、敦盛。」
明けた眼前に見たのは。
赤い、

「っ…これは。」

海から上がる、真っ赤な燃えるような「太陽」だった。

「朝日?」
視線を朝日にくれたまま、隣の人に聞けば
「そう、綺麗だろ?」
嬉しそうな、満足そうな色の言葉が返ってきた。
「あぁ、ヒノエみたいだ。」
「え?」
素直に、今は素直に言葉を紡ぐことができた。
ヒノエのようだ、と。
ずっと思っていたことを、伝えることができた。
「闇を照らす、太陽。」
ヒノエに視線を向ければ、彼にしては珍しく驚いた色を浮かべた顔。
段々と、泣き笑いのような色に変わって。
「敦盛。」
頬に触れようと伸ばされた手を、自分が優しく握る。

「これを私に見せたかったのだろう?」
「そう、ずっとお前に見せたかったんだ。」
一度、真紅の瞳を伏せて。
久しぶりに見たあどけない、笑い。
「まだ見せたいものは、たくさん有るけどさ。
この場所は俺のお気に入りの場所で、一番大好きな景色なんだ。」

ねぇ、それはもしかして自惚れてもいいのだろうか?
自分は彼にとって…

「ヒノエ…」
名を呼んだ声は、少し震えていたのかもしれない。
「何だい?」
返された彼の声に、驚いたようなそんな色が混じっていたから。
二つ空白を置いて、
「いいのか、そのような大事な場所を私に教えて。」

自分に教えていいの?大切な場所や景色を。

「何言ってんの?お前だからだよ。」
優しい言葉に、幸せすぎて目の前が霞んでしまう。
ぽたり、と頬を伝う暖かいモノ。
それが涙だと気づくのに、時間がかかった。

「敦盛にも此処を、好きになってもらいたかったんだ。」

君は笑う。


「誕生日おめでとう、敦盛。」
「あ、りがとう。」
今度はちゃんと、ありがとうと嬉しいと君に伝えられた。
ふわりと触れた手に己の手を重ねて。
「こうやって毎年、迎えられたらいいな。」
ぽつりと、呟いた言葉に返る言の葉と。
「当たり前だろ、まだまだお前と行きたい場所はたくさんあるんだ。」
柔らかい手の力が。
また、心の中の暖かいモノを溢れ出させる。

そう思えば、幼い頃から自分は彼の前でだけ泣き虫だった。

「っ…」
「ずっと一緒にいるんだろ、二人で。」
「ヒノエ。」
二人が死で別たれる時まで、もう離れないと誓った。
だって君は、僕の大切な人。
私がこの世に留まる唯一の理由。


「産まれてきてくれて、ありがとう敦盛。」
大切な人に捧ぐ言葉、何度言っても足りないんだよ。
お前が、いてくれて俺は本当によかった。


これから続いてゆく日々に、祝いを。
君の生まれた日に、祝福を。



お誕生日小説、第一弾はヒノ敦で。
好きな人と何か共有できるものが有るのは嬉しい事ですよね。
幼なじみとかそういう設定にすごい把瀬は弱いです。
離れていた時間を埋めるよりも、
きっとこれからの未来を作る方が、この2人には似合います。
敦盛さん、お誕生日おめでとうござます。

>貴方の日に。

2006/5/28
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