貴方に捧げるはっぴぃばーすでぃ


テレビが告げていた今日の最高気温は、28度。
さすがに夕暮れ時になり、日が落ちはしたが
ここのところ、雨続きだった所為か増して暑く感じる。
右手に持った、袋の中の牛乳も心なしか汗ばんでいる気がした。
目の前に見えたのは、江ノ電の線路。
この角を、右に曲がってほら見えてきた。
今時珍しい、大きな日本家屋。

「敦盛さん、すいませんが牛乳を買ってきてくれませんか。」
お世話になっている有川家のリビングで
やっと慣れたコーヒーメーカーでコーヒーを飲んでいた敦盛。
そろそろ夕飯の支度を始めるのか、2階から降りてきた譲は
敦盛を見つけると、すまなそうにそう言った。
もちろん、自分は特に用事もなく暇をしているのだから断る理由などないし、ましてや自分は居候の身。
将臣殿や譲殿は、気にするなと言うが世話になってばかりでは、やはりいけないと思う。
少しでも手伝える事があるならばと、引き受けた。



食費の入った財布を渡されて、玄関を出ようと取っ手に手をかけた 瞬間。
「こんばんはっ!」
目の前に広がったのは、自分の髪よりも明るい赤紫の髪。
「み、神子っ」
いきなり目の前に現れた彼女に、思わずびっくりしてしまって
一歩下がれば、くすくすと忍び笑いが聞こえた。
「ごめんなさい、入ろうとしたら敦盛さんが見えたからちょっと悪戯しちゃおうと思って。」
花のように笑っている彼女に、自分は何も言葉を返せない。
返したいのだが、こちらに残る事を決めてから
彼女を想う気持ちが、心の器から溢れ出そうで
上手く言葉を紡ぐ事が出来ずに
ただ胸の中の想いに翻弄されるだけ。

「敦盛さん?」
俯いたまま、黙ってしまった自分を彼女は心配そうにのぞき込んだ。
「だ、大丈夫だ。」
結局出てきたのは、そんな陳腐な言葉だけ。
「あ、買い物行くつもりだったんですね。ごめんなさい…引き留めちゃって。」
不思議そうな顔をしていた望美だったが、
敦盛の手に握られた財布を 見てすまなそうに、言うと
いってらっしゃい、と笑いかけて靴を脱いで有川家にあがる。
行ってくる、と一拍遅れてだが自分も返事をすると
開けっ放しにされたドアから、夕暮れ時の路へと足を進めようとした

「敦盛さんっ!!」
すると後ろから、彼女が自分を呼ぶ声が聞こえて
ゆっくりと振り返ると、花のような笑顔。
「今日は一緒に夕飯食べれるから、早く帰ってきて下さいね。」
あぁ、と返事をした自分はきっと頬が緩んでいたと思う。
あんまりにも、幸せすぎて自分はきっと死んでしまうかもしれない。

こんな穏やかな日々が、過ごせるなんて思っていなかった。

「ただいま。」
いつも通りに、玄関を通って敦盛はみながいるであろう
リビングへと足を進める。
しかし感じたのは、妙な違和感。
立ち止まって考えてみると、妙に大きく響く年代物の柱時計の針の音。
答えはすぐに頭に浮かんだ。
静かすぎるのだ、と。
本来ならば、譲は夕飯の支度をしていて料理をする音が聞こえる。
将臣の、見ている番組の声が聞こえる。
望美の話し声が、聞こえるはずなのに。

リビングのドアに、かけた手に力が入る。
今、この手には武器はない。
何か有ったら大切な人を守るのは、この力ない自分の手のみ。
覚悟を決めて、物音のしないリビングのドアをゆっくりと開いた。


ぱぁーん、っと何かが弾ける音が敦盛の耳に響く。
敵の攻撃かと身を強ばらせた、彼だったが
「敦盛さん、お誕生日おめでとう!!」
次の瞬間聞こえた声に、彼は固まってしまった。
目の前には、クリスマスと同じように飾り付けられた部屋。
そして笑みを浮かべた、望美・将臣・譲の3人がいた。
何が起こったのか解らなくて、目をぱちくりさせる敦盛

「敦盛さん、こっちに座って下さい」
そんな彼の腕を引いて、望美は席へと座らせる。
残りの2人も、各自の席に着くとやっとのことで
敦盛の思考回路が、働き出して口を開くことができた。
「一体、どういうことなのですか?」
困惑の表情を浮かべた彼に、他の3人は笑みを浮かべたまま。
「今日は、敦盛さんの誕生日なんですよ。」
「え?」
譲の言葉に、驚きをあげた彼に将臣は続ける。
「だって、今日はお前の生まれた日なんだろ?」
「前に話しましたよね?こっちの世界では生まれた日にお祝いをするって。」
ふんわりと笑う望美。

「まさか、これは私の為に?」
3人が一同に、首を立てに振った。
「しかし私などの為にっ…」
しかしその言葉は最後まで紡がれる事無く遮られる。
「お前なぁ…っ俺たち一応家族なんだろ?」
「そうですよ、仮にとはいえ一緒に住んでいるんですから。」
「将臣殿、譲殿。」
胸の中に広がる、暖かい想い。
まるで春の陽だまりのように、やんわりと自分を包む。

目頭が熱くなってきて、零れそうになった滴を
「泣かないで、敦盛さん。」
指で掬ってくれたのは、誰でもない一番大切な人。
「今日は御めでたい日なんですから。さぁ、パーティー始めましょう!」
彼女の一声で、4人のささやかな誕生日会が始まった。


譲が料理を切り分け、将臣が場を盛り上げて、望美が花のように笑う。
最初は硬かった敦盛の表情だったが、段々とそれも解れてきて
パーティーも半ばになる頃には、小さいが声をあげて笑うようになった。

「これ大したものじゃないんですが、誕生日プレゼントです。」
粗方料理も食べ終えて、最後に譲特製のケーキを食べてる時に
譲が敦盛の近くへとやってきて、綺麗な袋を渡した。
「あ、俺も。なんとなくお前が好きそうなモノ買ったんだけどな。」
将臣の同じように、彼へとラッピングされた袋を差し出した。
しかし望美だけは
「ごめんなさいっ…ちょっと間に合わなくて、明日でもいいかな?」

悲しそうに俯いてしまった。
「そんな、神子から貰えるだけでも嬉しいんだ。気にしないでくれ。」
敦盛はそう笑いかける。
ありがとう、と微笑んだ彼女の顔がなんだか少し辛そうだった。
神子、と声をかけようと手を伸ばしたが
少しお酒の入って、ハイテンションな将臣に声をかけられて
そのまま会話をしてしまって、声をかけられなかった。


パーティーも終わり、そろそろ帰るという望美と
それを送ると敦盛も一緒に玄関を出る。
最初望美は、隣なんだから心配しないでと断ったが
珍しく敦盛が引き下がらずに、送ると言い張った。
片づけをしていた有川兄弟は、遅くなるなよと笑って送り出したが
敦盛にその声は届いていなかった。

パーティーの間、敦盛には気になっていたことがある。
望美の表情だ。
プレゼントの時の、辛そうな微笑みもそうだが
時間が進むにつれて、なんとなく怒っているような
悲しそうな色が、表情に見え隠れするようになったからだ。
2人はわずか数メートルの距離を、並んで歩く。
互いに会話は無く、ただ無言のまま彼女の家の玄関まで着いてしまう。
何が理由でも、彼女の笑顔が曇るのは敦盛は嫌だった。
だから小さな勇気を振り絞って、言葉を紡ぎだした。

「神子、何かあったのか?」
きっと自分の親友ならば、もっと遠まわしに優しく聞けたのだろうが
自分にはそんな才能は無く、ただそのまま聞くしかなかった。
彼女の顔が、驚いたように強張って
綺麗な碧色の瞳が、長い睫毛に伏せた。
なんでもないよ、と彼女は言って自分に背を向けようとしたが
「神子、私には話せない事なのか?」
ぽつりと呟いた言葉は、夜の静かな路には響いてしまって
望美は足を止めて、振り返った。
交差した瞳。
敦盛はそれを外すこと無く、彼女の碧を見つめた。
「っ…敦盛さん、公園に行きませんか?」
それが彼女の返事だった。


江ノ電の駅から近い公園。
時より聞こえてくる、電車の走る音だけが夜に聞こえる。
公園まで並んで歩いた2人の間に流れる空気は
先ほどのような重さは無く、だがなんともいえない緊張が漂っていた。

「あのね、敦盛さん」
ベンチに2人で並んで座って、自分からもう一度
問いかけるべきなのかと 思案していた敦盛。
すると望美が、言葉を紡ぎだす。
「本当に大したことじゃないんです。拗ねていただけなんです…」
「拗ねていた?」
思ってもみなかった言葉に、もう敦盛は言葉を反復した。
自分がきっと何か、彼女に不快な思いをさせてしまったんだと そう思っていたのに。

「怒っていたの間違いではなくて?」
聞き返した敦盛に、望美は驚いたように首を横に振って言う。
「そんな、怒ってるなんてっ…あるわけ無いじゃないですか。」
そう言って俯いてしまった彼女。
薄手のカーディガンから出た手に、己の手を重ねてしまったのは
きっと無意識の行動だったんだろう。
その行動に驚きの色をした彼女。
自分も気づいて、慌てたがその手を離そうとは思わなかった。
「理由を聞かせてくれないか。」
互いの手を重ね合わせたまま、そう頼めば彼女は
困ったように笑って、大したことじゃないんですと前置きをして話し始めた。


「誕生日会、本当は敦盛さんと2人でやりたかったんです。
 お祝い事って、大人数でやった方が楽しいと今まで思っていたの。
 でも今日、誕生日会が始まってから将臣君たちと楽しそうに笑う敦盛さんの表情を見たら嫌だった。
 私が敦盛さんに笑顔をあげたいって、そう思っちゃったの。
 2人だけでお祝いしたい、他の人に笑いかけないでほしいって。」
「神子…」
「だって誕生日は特別な日だから。2人だけの思い出が欲しいって」
ごめんなさい、我侭だって解ってるんです。と笑った表情が
愛おしくて、重ね合わせていない手で彼女を抱きしめた。

「私、も同じ想いだから。」
敦盛さん、と腕の中で小さな声が聞こえて
ゆっくりと体を預けてくれたのがわかった。
腕の中の温もりが、幸せすぎて怖くなってしまう。
そして、温もりが懐かしく心地よい。
きっと彼女は、自分を構成している一部なのだ。
「あのね、敦盛さん」
緩く抱いた腕の中で、彼女はごそごそとポケットを探っている。
どうかしたのか?と覗き込めば彼女は、恥ずかしそうにはにかんだ。


「誕生日プレゼント、実は用意してあったんです。」
「えっ?」
「でもあんな気持ちのままで、渡したくなかったから。」
驚きで固まった自分に、彼女はもう一度笑って言った。
眼を瞑って、腕を貸してくれませんか?と。
あぁ、と一つ返事をしてゆっくりと睫毛を伏せた。
彼女の指が、腕を撫でてカチっという金属音。
そして嬉しそうな彼女の笑い声が、聞こえた。
「目を開けてもいいだろうか?」
はい、という恥ずかしそうな声を聞いて、ゆっくりと睫毛をあげれば

「神子、これはっ」
腕に巻かれていたのは、銀鎖と碧色の宝石の付いたブレスレット。
しゃん、と揺れる軽い音は
自分を戒めていたあの重い鎖とは違い、軽く鈴のような音。
「私もおそろいなんですよ。」
彼女の腕を見れば、お揃いだが宝石の色だけ違う物が巻かれていた。
その色は…

「神子、もしかしてこの宝石は…」
彼女の腕に光るのは、紫色。
「うん。私のは敦盛の瞳の色で、敦盛さんのは私の瞳の色。」
緩く抱いていた腕に、力を込めてもう一度彼女を抱きしめた。
くすくすという笑い声と一緒に聞こえてきたのは彼女の声。
ペアルックですよ、と笑った声は嬉しそうで
自分もそうだな、と嬉しそうに返す。


しゃん、と鎖の揺れる音がして彼女の手が自分の頬に触れた。
「神子?」
「敦盛さん、生まれてきてくれてありがとう。私ね、貴方に出会えて本当に嬉しいの。
 貴方が私と一緒に生きるって言ってくれて嬉しい。私は、」
一旦切られた言葉。 花の咲いたような笑顔と一緒に

「敦盛さんが世界で一番大好きだよ。」

一瞬唇を掠った温もり。
彼女の顔を覗き込めば、恥ずかしそうに赤らめた頬。
私も、と少し屈んで彼女の唇を攫う。



私の世界の中心は、きっと貴方だから。



あっつん、はっぴぃばーすでぃ。
私は貴方に出逢えて、本当に幸せです。
いろんな人に祝われて、大人気な彼だけど
やっぱり、大切な人とは特別な二人だけの思い出をつくりたい。
そう思うのは、当然ですよね?
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