僕は君のそのたった一言に、酔ってしまったんだ。

雪解けの太陽


昨日から彼女の様子がおかしい。
家事をしていても、なんだか上の空だったし。
話しかけても、途中で考え込んでみたり。
どうかしたのか、と聞いてみても笑って誤摩化されるだけ。

腕の中に閉じ込めて、聞き出す事もできたが
私の事信じられないんですか?と、彼女が悲しそうに泣くのは
目に見えて分かっていたから実行はしなかった。


彼女の涙に、自分は本当に弱い。


「弁慶さん、少し出かけませんか?」
夕飯を終えて、九郎への文を書いていると彼女から声がかかった。
寒がりな彼女からの、誘いに驚きつつも弁慶はにっこりと是の返事をする。


「寒いでしょう…これを羽織ってください。」
夕刻まで降り続いた雪の所為で、一面は銀世界。
くしゅんと、小さくくしゃみをした彼女の肩に弁慶は自分の上着をかけた。
「大丈夫ですよ、弁慶さんこそ…寒くないですか?」
「いえ、僕は慣れてますから。それに…」
彼女の小さな手を、優しく包み込む。
冬場の水仕事の所為で、赤く冷たい指。
薬を塗っても、治る事の無い皹や霜焼け。
「慣れない生活で、頑張ってくれる君に僕は何も…」

弁慶さん、と彼の声を望美は遮った。
「いいんですよ、私は自分の意志で貴方の元に残ったんです。
 それに…私は弁慶さんの奥さん、なんですから。」
言葉の最後のほうは、恥ずかしそうに俯いてしまっていた。
長い髪の合間から見える耳は、真っ赤で愛おしい気持ちで心が一杯になる。

抱きしめてしまいたい、という衝動に駆られるが
自分をここに連れて来たのには、何か理由があると思い
包んでいた手を離して彼女に問うた。


「ところで、どうかしたんですか…望美さん?」
「えっ…っと、」
そう聞いた途端、落ち着きの無くなった彼女は顔を俯いたまま
草蛙で雪を遊ぶ様に蹴っている。
覗き込んだ頬は、少し赤を差していて。
「望美さん?」
ゆっくりと頬に伸ばした手。
しかしそれは頬に触れる事無く、寂しく空中で止まった。
彼女が急に、顔を上げたからだ。

「お、お誕生日おめでとう…弁慶さん。」
「えっ?」
一体何を言われているのか、理解出来ない弁慶はきょとんとした表情で
望美の顔を見ていると、彼女はちょっと困った様に話し始めた。

「あーっと、今日って2月11日ですよね?  私のいた世界の風習では、
その人の産まれた日に友達や家族なんかと一緒に  お祝いをするんですよ。」
確か昔に譲殿から、聞いたような気がしたと思ったが
あの時は、そんな事を覚えている余裕なんて無かった。
しかしここで疑問が生じた、何処からそんな事を知ったんだろうか?

「僕の産まれた日、よく知ってましたね?」
「九郎さんから、昨日聞いて…びっくりしたんです。」
あぁ、とやっと昨日からの彼女の行動に納得がいった。
上の空だったり考え込んでいたりしたのは、自分の事を考えていたから。
自分の事をそんなに考えてくれているなんて。
思わず、笑みが溢れてしまった。

「それで、その…贈り物とかをその人にあげたりするんです。」
恥ずかしそうに俯いた表情が、可愛くて。
優しくその赤に染まった頬に、指を滑らせた。
「僕も頂けるんですか?」
「あっ…はい。」


しばらく、彷徨わせていた視線がゆっくりと上がり
じっと深緑の瞳が自分を、見た。
「何か市で買って、贈ろうって考えたんですけど。
 でも…私にしかあげられない物を、プレゼントしたくて。」

一旦そこで、切られた言葉。
そして、恥ずかしそうに紡がれ始めた言の葉。
「ずっと悩んで、悩んで…わかったの。」
自分の手に重ねられた、彼女の小さな手。
「私ね、弁慶さんに心も体も、全部貴方にあげてしまって…」

君は嬉しそうに、はにかんで。
「残っているのは、弁慶さんが大好きって気持ちだけ。
 だから私…貴方にこの気持ちを言葉にして伝えたい。」
伏せられた瞳は、まるで咲く間際の美しい花の様。
胸の鼓動が、大きくこくんと鳴った。


「弁慶さん、産まれて来てくれてありがとう。
 私…弁慶さんに出会えて、同じ時間を共有出来て
 そして貴方と死ぬまで一緒に寄り添う事を許されて嬉しい。」
彼女の深い碧には、自分しか映っていなくて。
「この手も、頬も、唇も…貴方の全てが大好き。
 何もかもを捨てても、弁慶さんの側にいたかった。
 私は世界で一番幸せなの。」
「っ…望美さん。」

思わず彼女を、抱き寄せてしまった。
あぁ、彼女の頬がさっきよりも赤いのは寒さの所為ではなくて
自分が大好きだと、そう咲いた華の所為だと思っていいのだろうか。
「弁慶さん。」
躊躇いがちに紡がれた言葉。

どうか見ないで欲しかった、自分が今どんな表情をしているか。
きっと柄にも無く、真っ赤になってしまっているだろうから。
「君って人は…本当に…」
ありったけの言葉を、かき集めて。
自分も言の葉を紡ぐ。

「いけない人ですか?」
「そうですね…でもそれ以上に、愛おしい。」
好きよりも、愛しているよりも、それにも勝る。
もし胸に広がるこの思いに名前をつけるならば


『愛おしい』


しばらくお互い、何も言わず抱き合ったまま。
時より吹く風は、冷たかったけど。
お互いの体温が、心地よく暖かく。
抱きしめた大切な人の温もりを、感じていた。
「………ねぇ、弁慶さん…」
沈黙を破ったのは彼女。

「何ですか?」
「笑わないで聞いてくださいね。」
そう言いながら、ぎゅっと握りしめられた服の裾。
「えぇ。」
心の中で、くすっと笑って返事をした。


「ヒノエ君は私の事を、月だと言っていたんです。
 最初は、ビックリしてそんな事無いと思っていたんです。
 でも今なら、それでも良いと思えるんですよ?」
「えっ?」
彼女と視線が交差した。
瞳の光は、暖かい春の様な碧。

「私が月なら、弁慶さんは太陽なんです。
 私の世界の中心で、暖かい光をくれる存在。
 太陽が無ければ人は生きていけないんです、だから。
 それに太陽と月は、一つなんです。永遠に分かつ事の無い存在…」
「………っ」

なんだか今日は、彼女の言葉に酔わされてばかりだ。
くらりくらりと、翻弄されて。
「弁慶さん?」
横を向いて、俯いてしまった彼を望美は不思議そうに見た。
頬を紅く染めて、上目使いで見られては
折角の理性さえも、意味をなさなくなりそうだ。

「貴方は本当に、月ですよ。」
包み込む様な優しい光と、自分を惑わす魔性の光。

「暗闇にいた僕を、照らしてくれた。」
凍り付いた自分の心を、溶かしてくれた。
春の訪れを告げた、僕だけの小さな華。


「愛しています、望美」
「えぇ、私も弁慶さんの事っ…」

彼女の返事は、彼の唇に消えた。
そんな寒い冬の日。




なんか、すごい甘々になってしまった。
できるだけ、弁慶さんを黒くしないように頑張りました。
せっかくの誕生日なんで。
ともかく、弁慶さんハピバ★
遅れてごめんなさい…
2006/2/13

以下どうしても書きたかったんで。
反転してね。


「しかし、まぁ…」
「どうしたんですか。弁慶さ…っ」
「気に入りませんね。」
「えっ?」
「僕の誕生日に、違う男の名前を出すなんて。」
「まっ…だって、ヒノエ君は…っ!…」
「はい、2回目。」
「べ…弁慶さん?」
「君はいけない人ですね。」
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