「重衝殿は、兄上にそっくりね。」

物心つく頃から、自分はそう言われ続けてきた。
何を言うにしろ、知盛兄上が出てくる。
小さい頃は、尊敬出来る実兄に似ていると言われて嬉しかった。
でも、今は複雑…というかはっきり言って言われる度に嫌悪を感じる。
なんでも自分を比べる時の基準は、いつも兄である知盛で。
自分という存在は、知盛という人がいなければ評価されなくて。
それが、嫌でたまらなかった。



誰も、自分なんか見て無いじゃないか。



「本当に、知盛殿の少し前にそっくりですわ。」
「えぇ、よく言われます。」
毎晩行われる宴。
そして毎回交わされる、自分と客の会話。
兄の知盛は、幼い頃から武芸も芸術も優れていて平家自慢の子。
異母兄弟である重盛殿を、将来支えるであろうという実兄。
だからだろうか、よく自分は兄と比べられる。
今は兄の方が、背が高くなったが
幼い頃は、双子だと見間違う程に背格好も容姿も似ていて。
でも自分は、兄程武芸も芸術も優れておらず
「知盛殿の様に、頑張りなさい。」
いつもそう言われてきた。

「重衝、こっちへ参れ。」
「はい、父上。」
客の挨拶もとりあえず終わって、夜の庭を眺めていると
宴の中心にいる、父・清盛から声がかかった。
スタスタと、足を進めて差された場所に座れば
「兄上。」
横には、知盛兄上が座っており…
なんだか、居心地の悪さを感じた。

「本当に、よく似ていられる。」
また、始まった…二人が並べばその話題が出ない日は無い。
「あぁ、知盛も重衝も時子に似て色白でな。」
嬉しそうに話す父親。
その顔を見て、複雑な感情に苛まれる。
素直に、喜べない自分。
「入れ替わっても、気づかないであろうな。」
「重衝殿も、知盛殿を見習って武芸に芸術に励むんだぞ。」
あぁ、心がざわざわとかき乱される。
兄、兄、兄と…自分は一体何なんだろうか。

「これだけ似ていれば、知盛殿の影武者も勤まりますな。」
悪気の無い、酔った誰かの一言。
「重衝?」
急に立ち上がった自分に、父親は不思議そうな表情を向けた。
「……っ、わ、………あにう………」
影武者、その一言で自分の存在理由を否定されたようで
悲しいやら、怒りやらが渦巻いて上手く声に成らなかった。
「父上、重衝は酒の匂いで調子が悪くなったのでは…
 私が連れ出して看病してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼んだ…知盛。」
すっと立ち上がった知盛は、そう父親に断ると
「御前を失礼いたします。」
実弟の手を引いて、冬の冷たさの残る庭へと出た。
後ろでは「さすが、知盛殿」そんな声も聞こえていたが。
二人の耳には、そんな声は入っていなかった。

「大丈夫か…重衝?」
闇の中にぽとんと一滴落したように咲く冬椿と空の月。
遠くから聞こえる宴の楽しそうな声が、今は疎ましく思える。
「えぇ…ありがとうございます。」
とりあえず返事をしたが、兄の行動の真意がいまいち掴めずに戸惑う。
助けてくれたのだから、感謝はしている。
しかし、なぜ助けてくれたのだろうか…嘘をついてまで。
「兄上…あの、」
「なんだ?」
戸惑いがちにかけた声に返ってきたのは、疲れた様な声。
一瞬言ってもいいのか悩んだが

「私は調子など悪くない…と知っていたのでしょう?」
しばらく返事こなかったが、小さなため息が一つ聞こえたかと思うと
藤色の瞳で覗き込まれた。
自分と瓜二つの顔、心がチクリと痛む。
「そんな事は無いだろ?お前…」
「えっ?」
驚いて俯いていた顔を上げると、知盛の視線が絡み合った。
「あいつらの言葉に、傷ついてただろ?」
一瞬呼吸の方法を、忘れてしまったかのように息が詰まる。
視線が反らせない…
何か言わなければいけないのに、上手く口が動かない。

「はは…やっぱり兄上は凄いですね。似ている私の気持ちは手に取る様にわかりますか?」
やっとの事で出てきた言葉は、皮肉以外の何ものでもなかった。
顔は悔しさと虚しさや何やらで、きっと笑えていない。
自分を見ていた瞳は、パッと驚いた様に開いたと思うと呆れたという色を浮かべた。
「お前まで何を言うかと思えば…俺とお前の何処が似ているんだ?」
手を伸ばして知盛は、弟の柔らかな髪を摘んで興味無さげに離した。
返ってきた言葉に、重衡は驚き過ぎて声が出なかった。
「俺よりお前の方が髪が柔らかいだろ?笑い顔も優しい。
笛はお前の方が上手く吹く…幼子の扱いも上手いだろ?それに…」
髪で遊んでいた指を移動すると、左胸をトンと押した。
「ここが…魂が違うだろ?物事の考えたかも異なる…
 俺はお前に決して成れないし、お前は俺に成る事はできない。  俺たちの何処が似ているんだ?」
「兄上…」

「俺とお前は違う生き物だ。」
心の中にかかっていた濃い靄が一瞬で消えて、今宵の空の様に晴れ渡る。
たった一言だったけど、「違う」とその言葉が光をもたらしてくれた。
自分をちゃんと、見ていてくれた人がいた…その事実が嬉しかった。
「……ありがとうございます、兄上。」
きっと今の顔は、嬉しすぎてまっ赤でとんでもない顔をしているだろう。
誰でもない、兄に理解してもらえていて嬉しかった。
重盛兄上じゃなくて、宗盛兄上じゃなくて…知盛兄上に。
幼い頃から一番同じ時を、過ごしてきた人。
心の無くなった嫌悪の部分に、慕う気持ちが溢れてくる。
「別に……俺もあーいうやからは、好かんかったんでな。」
ぶっきらぼうで、一見興味無さげな言い方…でも自分は知っている。
この人は本当は優しい人であるという事を。
ただそれを伝える表現力が、著しく乏しいだけで。
自分には、直球の球を投げてくれる。
それが、心地よくて…

「あ、そうなんだ。」
「何だ?」
「いえ、何でもないです。」
自分はずっと前から知っていたんだ、自分と兄が違う人間であることを。
ただ周りの言葉の所為で、忘れていただけであって。
こうやって兄の言葉や行動に惹かれるという事は、自分に足りない所を欲すると言う事。
つまりは、同じ人ではないという事。
心の中で細く微笑んで、暇そうに月を見上げている兄を見た。
自分より鋭く整った表情、細く綺麗な指。
「戻らなくてもいいんですか…兄上?」
自分もそれに習って、月に視線をくれつつ問いかけた。
視線の端に映った彼は、横目で母屋の方を見るとあからさまに嫌そう目で
「あそこは、つまらん。」

ただ、そう一言返しただけ。
ふと知盛の視線に入ったのは、誰かが片付け忘れて置き去りになった竹刀。
そういえば、久しくこの弟と刀を合わせていなかった事に気づいてゆっくりと足を進めた。
「兄上?」
月明かりの下、しゃがんで何かを手にした兄の姿に戸惑いの色が重衡に浮かぶ。
「重衡、一太刀合わせないか?」
「しかし、私では相手にならずつまらないかと…」
手に持っていたのは2本の竹刀、逆光で兄の表情は伺い知れない。
「いや、楽しいさ。あそこにいるよりは…」
投げられた竹刀を思わず受け取ってしまう。
きっと口元だけで、クッと笑っているのだろう。
「来いよ…」
「仰せのままに、兄上。」
月下舞う、2匹の揚羽。



そう、あの日から私は兄上に恋してしまったのだろう。

永遠の恋物語の始まり。


個人的捏造な重盛と知盛の少年時代。
っていうか重衡→知盛の思いの始まりだと。
なんで、兄があんなに大好きなのか?と考えたらこうなりました。
なんか、すごいありきたりだなぁと。

貴方のその言葉が、私を照らした光だった。
06/01/31 up
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